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「マイナス思考が原点」というお話し

私たちが『プラス思考』を追い求めている理由は、一体、何故でしょうか? それは、人間の「心の原点」がマイナス思考から始まっているからなんです。 仏教もそうです。 空海は、自分を評して「究極のマイナス思考から始まっている」と説いています。

何も判らない幼い頃は怖いもの知らずで、皆、過ごして来ました。 そして、大人になるに従って、いろいろと複雑な問題ごとや、煩わしい人間関係の渦巻きに飲み込まれて、余程、頑張らないと更に深みへ深みへと、暗い心の深淵に沈んで行ってしまう危険が多いので、「プラス思考」とか「心のブレイクスルー」と叫んで、自分自身を奮い立たせているわけなんですネ。

だから、ボクは万人が喜ぶような話は絶対にしない心情を通して、今まで来ました。つまらないからです。99人が解らなくても1人が、話の奥行きを感じてくれればそれでいいのです。「万人が喜ぶこと」を意識しながら、今時のテレビの内容を精査すると、そのレベルの程がご理解いただけるかと思いますが、今様のテレビ番組(民放)は、、、、

① 何かを批評するばかりで提言がない。いつも何かに怒っているだけ。
② あるいは、意味無く何かを喰っているだけ。
③ コメンテーターと称する輩(yakara)が、受け売りの話を皆、同じように喋っているだけ。

以上の「欺瞞的3大ポリシー」で運営されていると思うわけです。

そこにはプラス思考もマイナス思考もなく、あるのは低い視聴率だけ。不景気でスポンサーがつきにくいから、安価でチャチな番組を作って流しているのでしょうが、能あるスポンサーは、一時的な撤退をしていても再び復帰する際には、こんなTV局には帰ってくるべきではないと思う次第です。もし、私がプロデユーサーだったら、少ない予算を分散してこんな粗末な番組を作るのをやめて、以下のような番組編成を企画するでしょう。大昔、この業界に居た経験があればこその大英断です。

①全ての予算を集中させて「報道」と、時代考証が完璧な「大日本史」を1 日3時間だけ放送します。
②それ以外は、これまでのファイルから「世界の街角」の鋭角アングル的な 映像を流し、
 時間帯別に仕分けしたBGMを流しっぱなしにします。
③BGMの間にはロジカルで明解な、以下のようなテロップを流します。
 ~本局のポリシーにより、スポンサー様に復帰して頂くまでのあいだ、一番組のみお届けしています~
 ~これを機会に当局は今後も高感度なオリジナル番組を制作し、社会に寄与(kiyo)いたします~

これで、物好きで理性のある、一徹なスポンサー企業がワンサカ帰ってくることは必至です。 そうなったらATFも一口乗りましょう、、、、何より、「広く社会に貢献する」ことに直結するからです。

このTV局は「第2NHK」と呼ばれるか、あらたなジャンルの局として独自の路線を歩く事になるかもしれません。まあ、1年中、何か「物」を売っている露天商のような局にならないことだけは確実です。 

さて、「商売」っていったい何なのでしょうか? 

商売をする、、商売をさせていただく立場から言うと、「性善説」(sei zen setsu)の立場にたってビジネスを実践しているか、「性悪説」に立っているのかのどちらかが、その基本にありますが、殆んどの皆さんは「性善説」をとっている筈です。

それは「性悪説」(sei aku setsu) を誤解しているのが主な理由です。

「性善説」は、人間には、「生まれながらの悪人はいない」という倫理学的概念で、『人間の本性は基本的に「善」である』という考え方です。だから、それなりの立場で指導(教えを説くこと)したり、指導されたりすれば、放っておいても「悪」になることもないし、もともと備えている「善」が芽生えて人間が成就するという論理です。 実に、「体裁の良い」論理ではあります。

良い機会ですから「性悪説」もここに併記しましょう。 

誤解してはならないのは、この「悪」とは、我々が普段使用している「悪人」などの「悪」ではありません。 率直に言うと「欲望」のことです。「安楽」を欲するあまりに努力を怠ったり、「空腹」を満たしたい気持ちが先にたって、自らの精進に集中しないなど、自分の心の問題がここで言う「悪」なわけですから、「性悪説」とは、格別、悪いことを説いているわけではないんですネ。

ですから「性悪説」の本来の意味を要約するならば「人間の本性である欲望に打ち勝ち、努力することによって礼をつくせる人格を得られる」ということになるわけです。

当時の中国で、社会の荒廃や礼儀の衰退が目に余る時代を目の前にしたのが「性悪説」が生まれた理由であることを考えると、これからの、私たちのビジネスの生き様も「こうあってはならない」と言う戒めが、「この性悪説」に隠されていることが良く理解できるのではないでしょうか。

今後、商売の本質を問われたら、、、上記の意味を大いに説明しながら「性善説」ではなしに「性悪説」で日々を精進していることを述べることが出来るような経営者、指導者であって欲しいと、切に願う次第です。 


Tommy T. Ishiyama