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よく言われている「広く社会に貢献する」の「広く」について!

会社の社訓や、慈善事業の場合に、よく、使われるフレーズですが、この場合の「広く」とは、ワールドワイドな横の広がりを意味していることは勿論ですが、むしろ、広がりといった観点よりも「どんな些細なことでも」と言った、掘り下げたニュアンスの方が強く、「自分が出来る身近な貢献こと」と解釈したほうが、どうも本来の視点の様な気が致します。

「人生で成功したら***をする」といった奉仕活動のことではなく、もっと広範囲に気楽に考えて、チョットしたことで、毎日、沢山、貢献できるものが存在していることに気が付かなければ、本当の社会貢献は出来ないと解釈して良いのではないでしょうか。

「何か、最近、社会に貢献したことある~?」と聞かれて、「社会的な貢献」という言葉に惑わされて、大上段に構えてしまいがちですが、大げさに考えてしまっては何も実行できないまま終わってしまいます。

新聞などで「奉仕活動」のレポートや手記を読むと、「****をしてあげた」といった表現をよく見かけます。「してあげる」というのは位置的に自分が上で、相手を下に見ているので、表現としては不適切な気がしますが、だからと言って「***をさせていただいた」というのは謙虚で良く聴こえますが、何か慇懃無礼(ingin burei)過ぎて、よそよそしくなってしまします。

自然が一番いいのです。つまり、「幼児連れで両手荷物のお母さんがいたから改札口まで荷物を持った」で良いのです。これを「持ってあげた」だとチョット、ボクは気分的に差異があって、恩着せがましいというか、理念やビジョンで言われている趣旨とは別のものになってしまうわけですネ。

ですから、「広く社会に貢献する」の本質は、「思いやり」の心の積み重ねと解釈し、「人生で成功したらドカ~ンと大きな寄与を実践しましょう」ということではなしに、「今、出来る小さな事を、即、実践する」がベストな事だと思う次第です。

そうしないと、一生、社会に貢献できないままでで終わってしまうばかりか、奉仕の方向がブレて、それこそ、「小さな親切、大きなお世話」と捉えられる危険が孕(hara)んでいるので要注意です。

 

Tommy T. Ishiyama